関ヶ原合戦と大垣城・・・歴史ロマンの旅

岐阜県大垣市は、岐阜の西南・西濃地方に位置し、面積206.57km²、人口約16万人の岐阜県第二の都市です。

大正7年に市制施行され、昭和に入り周辺の16町村が続々編入、平成18年に平成の大合併で、全国的にも珍しい市域が3つに別れた「飛び地自治体」になりました。

枠内の地図:左から「上石津地域」「大垣地域」「墨俣地域」です。)

大垣地域は、国内有数の自噴帯に位置し、良質で豊富な地下水に恵まれていることから、古くから「水の都」と呼ばれています。

その豊富な地下水は、人々の生活用水や産業などに幅広く活用されてきていますが、逆に水害に遭うこともあり、大垣と”水”は歴史的深い関わりがあります。

過去の水害では「大垣城天守」も石垣まで水没したそうです。今回はその大垣城がある大垣地域から、”絶対にはずせない観光名所「大垣公園」”をレポートします。

 



大垣公園

大垣公園は街の中心にあり、明治6年に約0.57haの面積で開園した”岐阜県で一番古い都市公園”です。

開園以降、大垣城天守の再建や動物舎の設置・廃止など土地区画整理事業が行われ、現在では約3.1haの面積で現在の公園に至ります。

広々とした芝生の広場や土の広場があり、子どもの遊び心くすぐる大型遊具やイルカの噴水池では水遊びが出来るので幼児さん親子に絶大な支持を得ています。

また、春には約200本もの桜が公園を彩り、勇壮な天守と散りゆく儚い桜の風情を味わえる、と人気のお花見スポットになっています。

名称 大垣公園
所在地 大垣市郭町2丁目53番地
駐車場 無し

※近くに市営立体丸の内駐車場有り(30分/100円)

問合せ 0584-81-4111(代表) 大垣市都市施設課

 

大垣駅~大垣公園

大垣駅南口から大垣城・東門まで徒歩10分程。地図のルートで歩いてみました。

大垣駅南口に出てタクシープール脇の横断歩道を渡り、大垣駅前商店街の西側の通りへ。

大垣駅通り(大垣駅前商店街)の百貨店ヤナゲンさん前。

アーケードはミスト散布がされていて涼やか。水都大垣ですから地下水を利用されているのでしょうか。

 

そのまま南進すると大垣中心部を流れる「水門川」の新大橋に。

この橋の南側は、大垣郭町商店街(愛称「OKBストリート」)です。

 

橋を超えて3つ目の丁字路。手芸用品の柳家さんと美容院smile・beamの間。

覗き込むと・・・

 

ビルの合間に「東門」「大垣城」が目に飛び込んできます。

商店街通りは個人商店が沢山並んでいて、ウィンドウショッピングをできたので楽しく歩けました。

 



大垣公園を散策

大垣公園案内図

大垣城

東門から入ってすぐ、真正面に大垣城。

大垣城。別名:巨鹿城(きょろくじょう)・麋城(びじょう)。

1535年(天文4年)に宮川安定が築城したといわれています。1600年(慶長5年)の関ケ原の戦いで、西軍・石田三成の本拠地に。1635年(寛永12年)に戸田家が入城し、明治維新まで太平の世が続きました。

1936年(昭和11年)に国宝指定されましたが、1945年(昭和20年)の戦火で焼失。1959年(昭和34年)に、国宝時の天守が再建され、大垣のシンボルとして市民に親しまれてきました。

 

★ここがポイント★
  • 大垣城は全国的に大変珍しい四層四階の天守※1
  • 大垣城の石垣・・・これも全国的に珍しい「石灰岩」で化石ウォッチングも出来る。※2
  • 三層南西隅棟に取り付けられた前代未聞の「邪鬼と鬼」の鬼瓦※3
  • 関ヶ原合戦と大垣城の関係と、外堀・水門川の「たらい舟川下り体験」との繋がり※4

 

以上のポイントを押さえて大垣城を見ると倍楽しめると思います。(参考:大垣市文化事業団「大垣城よもやま話」)

他にも、1896年(明治29年)の水害記録として「大垣城石垣に刻まれた浸水位」、それを刻んだ人物の「金森吉次郎翁銅像」、その隣には人口滝「麋城の滝」もあり、これらも見どころの1つです。

 

大垣城の詳細

名称 大垣城
所在地 岐阜県大垣市郭町2丁目52番地
開館時間 9:00~17:00

(入場は16:30まで)

休館日 年末年始

(12月29日~1月3日、他臨時休館日有り)

入館料 大人 100円、高校生以下無料

※お得な4館共通券や団体割など有り。

館内 1階:関ケ原合戦と大垣城に関する展示

2階:武士と庶民の文化や生活に関する展示

3階:休息室

4階:展望室

駐車場 無し

※近くに市営立体丸の内駐車場有り(30分/100円)

問合せ 大垣城 0584-74-7875
管理 公益財団法人 大垣市文化事業団
関連リンク 大垣市ホームページ

水都旅

 

金森吉次郎翁銅像

治山治水に一生をささげた人物。1896年(明治29年)の大洪水では大垣輪中内の4万の人命を救い、後世のために大垣城天守の石垣に当時の浸水位を刻んだ。

 

城西広場

大垣城が背後に来るよう設置された戸田氏鉄公騎馬像

大型遊具や噴水の広場は、何組もの親子が利用されていました。

大垣市役所のホームページに公園の様子が記載されていますので参考にしてください。

 

恒久平和之碑

1945年、中国満州の地にて終戦を迎えた日本兵約60万人がロシヤ軍によって強制連行され、約6万人以上の日本兵が飢餓と重労働に苦しみながら異国の土と化した・・・このような惨事を繰る返さないために願いを込めた石碑。

 

芝生広場

青空と緑の眩しい芝生にそぐわしい豊水の像。

 



濃飛護國神社

大垣公園の大垣城と大垣城ホールの間に鎮座する濃飛護國神社(のうひごこくじんじゃ)

1869年(明治2年)に創建。元は、旧大垣藩主が戊辰戦争で戦士した藩士を祀るため造営したそうで、現在は岐阜県(主に西濃・飛騨地方出身)の護國英霊・戦没者1万8900余柱を祀っています。

大垣公園は子ども達の水遊びで賑やかでしたが、同じ場所にして神社周りは静寂に満ち厳かな雰囲気でした。

御朱印も授与しているので、拝殿裏の社務所へ。不在の場合もあるようなので拝受希望の場合は参拝前に事前連絡することをお勧めします。

 

鳥居の隣に【戸田三彌・高岡夢堂 両總裁碑】

英霊を想うと映画『君の名は。』に出てきた組紐の話が頭に浮かびました。全国にある護国神社を想うと胸が締め付けられる思いです。

名称 濃飛護國神社
所在地 岐阜県大垣市郭町2-55
問合せ 0584-78-4048
ホームページ facebook

 

 

大垣公園を、隅々まで余すことなくじっくり散策して半日~1日。僅か一部分でも歴史を垣間見ることが出来ました。

大垣城は戦火で焼失しようと歴史的価値の非常に高い名城に変わりはありません。今回は外観や石垣、公園内を中心に紹介しましたが、城内部は関ヶ原合戦に関する貴重な資料や、展望台からの景色に、戦国時代の実物兵器を触れる体験コーナーなどがあり充実しています。

大垣市に訪れた際は何度でも現地に足を運びたい、絶対外せないオススメの観光名所です。

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